井上様は38年の保育士キャリア、そして園長先生としてのキャリアをもとに、「保育の伝道師」として各方面に活躍中。常に子どもの側に軸足を置きつつ、現在進行形で子どもたちの発信するつぶやきに耳を傾け、声なき声を保育の現場で拾い続けています。
玄関に入った途端、保育園の姿勢が分かります
保育士として38年の経験を生かして、なんて言いますと、大げさになってしまいますが、いわゆる「保育の理想論」なんてものではなく、目の前の子どもたちから学んできたことこそが、かけがえのない財産だと思っています。どんなに偉い先生方が声を大にして発信する言葉よりも、私は子どもたちから学んできたことをブレずに真ん中に据えて、迷わず代弁していく人になると決めました。今現在、待機児童解消のために、どんどんハコ(保育園)は増えておりますが、それは本当に子どもたちが望む物なのか?子どもたちの願いを叶えている環境構成なのか?今一度、立ち止まって考えて欲しいと考えます。プロは保育園の玄関に入った途端、それが分かります。お部屋に入れば担任の先生の心持ちが読み取れるものです。その願いが、ちゃんと環境構成にデザインされているかどうかもです。公私立問わず、認証園も問わず、子どもたちに携わるすべての人たちのために、少しでもお役に立てたらいいなと思っています。
保育はマニュアル化できないサービス業
保育の仕事は難しく考えすぎるより、シンプルに考えることのほうが良いと思われます。たとえば保育園にとって、親御さんは「お客様」にあたるわけです。お客様ではありますが、お客様として祭り上げすぎて、接遇に力を入れすぎ、子どもの世界に合わない言葉を発していませんか?ということを感じます。たとえば朝は「おはようございます。お変わりありませんか?」と、よく口にしておりますけど、少々意地悪な言い方をしますと、お変わりあったら保育園にも来られないわけです(笑)。なので「おはようございます。お待ちしておりました」と、ごく普通で良いのです。帰りのお迎えの時にも同様です。まずは「お帰りなさい。お待ちしておりました」とパパやママにねぎらいの言葉をかけつつ、園でのお子さんのエピソードを一つ添えるだけで良いのです。「今日、○○ちゃんが、泣いている子どもに『大丈夫?』って声をかけてくれて、頭をなでてくれたんですよ」とか。そうすると、それまで仕事モードでイラッとしていた心持ちも瞬時に変われるものなんですよ。「いいことしたんだね」とか「○○ちゃんが優しい子で良かった」とか、パパとママもお子さんも幸せトークとともに帰宅できるんです。お仕事の続きで、お怒りとお急ぎモードのまま「早くお支度しなさい!」って仁王立ちしているママさんも、その一言でフッと切り替わります。決して言葉だけではないのですが、職員側がウェルカムの気持ちで接遇しているかどうか?そこにはマニュアル化はできない何かがあります。
誰のための保育?
私自身、あくまで現場に直接関わらせていただくことに、こだわります。「環境アドバイザー」なんて肩書きを添えさせていただいておりますので、よく環境構成のデザインの方法論から入る人もおりますが、私はそれじゃありません!すべての子どもたちの最善の利益をかなえる傍らに、いかに寄り添い、必要な時に必要な援助をしていけば良いか?私自身、譲れない部分でもあります。どんなに素晴らしい環境を整えても、それが本当に子どもたちが願っている環境なんでしょうか?「見える化」は結構ですが、それが大人都合の「見える化」、保護者受けするための「見える化」になっていませんか?特に最近は親御さんからの苦情を恐れるあまり、絶対にケガ一つさせちゃいけないってことだけに、皆さん傾きつつあるので「誰のための保育ですか?」と感じております。
幼児期は小学校に入るための準備期間ではない
まずは「人間を面白がろう!」というスタンスです。人間を面白がる、子どもを面白がる。何でも面白がるオーラを流しておりますと、職員も親御さんもホッとするものです。もちろん一番ホッとするのは子どもたちなんですよ。あれこれと小難しい理屈を並べては、子どもたちを難しく、ややこしい世界へと連れ去るのは罪です。勝手に時間で区切って、勝手に連れて行かれるのなら、むしろ子どもたちは「置いてって!」とつぶやくでしょう。幼児期とは、人としての土台を作るための、とても大切な時期です。決して小学校に入るための準備期間ではありません。そんな大切な幼児期をそんな風に過ごしてしまったら、その「忘れ物」は後になってドカンと出るんです。それが思春期だったりして...。どれだけ本気で、どれだけその時期に目の前の子どもたちのために力を費やしてあげられるか?一緒に考えましょう。
顧問プロフィール
元保育園園長 井上 さく子様
1953(昭和28)年、岩手県遠野市出身。目黒区立第二田道保育園を皮切りに保育士生活をスタート。結婚、出産を経て2人の娘を育てながら保育士として活動。2014年、目黒区立ひもんや保育園の園長職を最後に38年間にわたる保育士生活を終える。以降はフリーの立場で保育環境アドバイザーとして研修会講師、講演活動、執筆活動を通じて子どもの世界を広く人々に伝える活動にまい進。『だいじょうぶ~さく子の保育語録集』、『赤ちゃんの微笑みに誘われて~さく子の乳児保育』と著作も多数。また「遠野あとむ」のペンネームで詩作、朗読、イラストレーターとしても活動中。